2008年1月 6日 (日)

明けましておめでとうございます

今日から放映される大河ドラマですが、今年は「篤姫」との事で、幕末のお話となり戦国とは少し時代がずれます。
守備範囲からも外れていますし、すこし力を抜いて普通に楽しもうと思っています。

さて新年早々にもかかわらず来年の話をしますが、2009年は戦国に戻り、2007年の「風林火山」武田家の軍師、山本勘助に続き、「天地人」上杉家(景勝)の参謀、直江兼続の生涯となります。
主演は妻夫木聡(27)で他のキャストは決まっていないそうですが、どんな俳優さんが選ばれるのか楽しみにしています。

ちなみに、以前トリビアの泉でも紹介されていましたが、直江兼続は兜に「愛」を掲げていた武将です。
時代的には、謙信存命中の小姓時代から、景勝の家督相続、本能寺の変、佐渡・小田原・朝鮮等の戦い、米沢城主、関ヶ原、大阪の陣までバレエティにとんでますし、秀吉や家康、前田慶次郎、伊達政宗との絡みなど、なかなか面白そうです。

気になる点は沢山あるけど、その中のひとつ樋口氏から直江氏を継ぐ一件は「本能寺の変」辺りになるんだけど、そこら辺はちゃんとやるのかな?
上杉家が存亡の危機に晒されていて、本能寺の変が無ければ滅亡していたかも知れなかった緊迫した時期だったので、そこはドラマチックに描かれて欲しいものです。

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2007年11月30日 (金)

石高アクセスカウンタ廃止しました

またカウンタが壊れて、もう手に負えません。

アクセスカウンタそのものは、何年も前のトレンドで入れたものですし、今の流行では入れないほうがいいのでは?と考え、思い切って廃止することにしました。
ちなみにHP開設から約65万石(人)という事で、ん~だいたい仙台藩・伊達家と同じくらいの石高でカウンタ表示を止めることになった訳ですね。。。


沢山の方に来て頂き心より感謝しております。

これからも、どうぞよろしくお願いします。

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2007年11月 8日 (木)

復帰と大河ドラマの事と

ガンバルといった矢先から更新をまったくしていなかったのですが、10月にちょっとカラダを悪くしちゃって、今もちょっと検査とかで通院中です。
今までは更新の気力が少し減退気味だったのですが、何とか元通りになったので・・・気を取り直し!!
ブログも少しづつだけど復帰する所存。

さて来週の大河ドラマは、なんか桶狭間に絡んでくるみたいですね。・・・というか、今週ネタを仕込みすぎです。
実は、新田次郎原作版の大河ドラマ「武田信玄」でも、桶狭間の裏に山本勘助の陰謀あり。というフィクションが入っていたのですが、今回もそういう類のフィクションが入りそうです。
主人公ですから当然ですけども。。。

ここで深く突き詰めるつもりは無いけども、最近の研究では、教科書にあるような「桶狭間の戦いは信長が練りに練った奇襲作戦」という説にも少々疑問符がつき初めているようです。
当然、山本勘助が絡んだ事実も無かったはずですが、演出としては面白いです。

史実と違うことに対して、うるさく言う人もいますが、ドラマの演出というのが前提ならば、自分は賛成派という事になりますかね。

来週も楽しみにしています。

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2007年9月24日 (月)

夏草や兵どもが夢の跡・・・後日談です。

Yahoo!ニュースさんには、ウチのようなマイナーなサイトを、トップニュースの関連リンクに張っていただき、ありがたく思っております。

通常一日3~4桁のアクセスしかないところに、急に1時間に5桁単位で大勢の方が来られたのでびっくりしたのですが、一応@niftyも大手のプロバイダ、サーバの方は十分耐えられていたみたいです。

結局、自前のCGIには何も問題なかったのですが、どうやら借り物のCGIだけが、おかしかったようです。
つまり、壊れたのはアクセスカウンタだけという事みたいです。

ちなみに先週のお祭り騒ぎからの24時間の「戦国武将絵巻サーチエンジン」の総PV数(検索数)は、内部カウンタの集計で、約18万件という事になりました。
トップページのアクセスカウンタは10万石以上?消えた計算です。残念・・・

やはり、「Yahoo!ニュースの影響力はすごい」の一言に尽きます。
直接紹介されたサイトなら、100万PV以上になるのかも知れませんね?
あくまでも予想なのですが・・・

さて、3日後には通常モードにもどり落ち着きましたが、なんとなく全体的に直したい所も出始めて、どうにかしたいと思っています。リンクを申し込んでいる皆様も、お待たせして申し訳ありません。
最近さぼり気味でしたが、おかげさまで多少モチベーションもあがり始めてきました。

次回は直接うちのサイトがニュースページに紹介されるように、がんばります。

いや、具体的に何を? と言われても困りますが・・・

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2007年9月17日 (月)

久々のブログ更新。修復も完了。

まさかこんな時間にブログの更新になろうとは・・・

アクセスカウンターが異常に上がったと知らされて慌てて来ました。
最近は、他の雑事に感けて更新が滞ってしまっているにも関わらす、沢山の方に来ていただき感謝しております。m(_ _)m

Yahoo!さんのトップからリンクされているニュース記事に、戦国武将診断的なモノが紹介されていて、その記事の関連サイトとして、リンクが張られていたという事で沢山の方がいらっしゃったようです。
ちなみに、こちらは戦国武将を紹介するサイトであり、作者さんとは別人です。

さて一時的に負荷がかかり@niftyのCGIサーバもパンクして、アクセスカウンタの表示が壊れてしまったのですが、なんとか修正もしました。
「戦国武将絵巻サーチエンジン」も検索が出来なくて、ご迷惑をお掛けしたかもしれませんが、現在は問題なく動いている模様です。

次の日が休みでよかった。。。


しかしYahoo!のニュースの影響力には、あらためて驚かされました。
(直接は関係なかったのに・・・)
「戦国武将絵巻サーチエンジン」の20:30からの7時間のカウンタ値が12万PV以上だったので、「検索ちゃん(TV朝日系列)」のとき以上かもしれません。
(一人が複数回検索した表示結果を含む)

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2007年1月28日 (日)

風林火山 第3~4回 「摩利支天の妻」 「復讐の鬼」

第3~4回の話は、武田信虎の「妊婦の腹を生きたまま裂いた」と言うエピソードと、山本勘助を無理やり結びつけた話ですね。
板垣信方 史実上この時期は、ずっと駿河の庵原忠胤のもとに居たというのが定説となっているようです。
この事件をきっかけに武田家家臣の板垣信方(千葉真一)に仕えるというのも創作で事実ではありませんが、天文12年(1543年)に初めて顔を合わせるというよりも、面白い設定です。

さて「花倉の乱」が切っ掛けで駿河に戻るのは予想がつきましたが、来週はどうやらその渦中に巻き込まれそうです。
史実の目撃者として巧みに入り込んでいる勘助を楽しむためには、とりあえず武田家に軍師として仕官するまで、原作は読まないほうが楽しめそうですね。

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2007年1月17日 (水)

風林火山 第2回-「さらば故郷」

ココログがメンテのため少し遅れての投稿になりました。
第二話は、とりあえずまだ仕官前なので作者の想像力をフルに生かし面白いフィクションが入れられてますね。
大林家の養父や義理の弟の裏切り、実兄との確執、武田家の親子兄弟関係とリンクさせるなど、結構面白くまとめられていたと思います。

食客として世話になった大叔父の庵原 安房守 忠胤は、後の今川家当主義元の軍師太原雪斎の兄だと言われています。(山本家は結構な家柄なんですよ。ドラマ上では・・・)

さて今後の動向ですが、福島(くしま)氏の陰謀により、兄を刺客とされ終盤に甲斐に追い出される事になりましたが、今川家の大事件「花倉の乱」が天文五年(1536)3月17日に氏輝が没した事をきっかけに起こり、この戦いで義元が家督を継ぐと同時に、福島氏も滅びることになるので、その時また駿河に戻ることになりそうです。

ただ勘助が武田家に仕えるのは、ずいぶん先の天文十二年(1543)になるので、8年くらいは牢人(浪人)の身の上なのですよ。
1話で1年分としても、今から8話も先!日程からすると大体3月半ばくらいになるのでしょうか、まだまだ先は長いです。

ここでフィクション的な話・・・ちょっと、脱線してみます。

井上靖版である「風林火山」の原作は読んでいないのですが、福島(くしま)越前守に仕えている兄(の山本家)は、天文五年(1536)花倉の乱で福島氏もろとも滅ぼされてしまうのではないかと思っています。
さらに福島氏と言えば一族に福島正成と言う者が居るのですがその遺児が綱成といい、乱の後に北条家を頼り、氏綱の娘と結婚し玉縄北条氏(後北条氏の支族)として後に北条綱成と名乗ったと言われています。
もし自分が小説ネタにするとすれば、福島氏とともに北条氏に仕えた兄とまた戦場でまみえるというのもアリかと思っています。
ただこれには、1536年亡命説1521年亡命説があって、どちらが正しいかは不明なのが難点なのですが、小説では都合のいいほうを採用するものです!!

さらにもっと脱線するけど、豊臣家の大名福島正則も祖父の代あたり?に花倉の乱で破れた福島一族が尾張に逃れたといわれ、滅亡した「くしま」と言う呼び方を嫌い「ふくしま」とし織田家に仕えた等と言う説(こちらは殆ど当てに成らない)もあって史実的にはどうであれネタとしては面白そうです。

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2007年1月 8日 (月)

風林火山 第1回-「隻眼の男」

武田信玄の軍師の山本勘助を主人公とした話なので、天文四年(1535)から永禄四年(1561)頃までの話となります。
去年の「功名が辻」は、永禄三年(1560)からの話なので、ちょうどその辺りで終わる事になりそうです。(ただし脚本次第で伸びるかも!?)

戦国末期に比べると、鉄砲の出番もほとんどなく飛び道具といえば弓、鎧のデザイン(当世具足と胴丸)なども微妙に違うのでそこら辺も注意深く見ると面白いかもしれません。
ただ今週の第一話は歴史の表舞台に出ている訳でもないので、なじみの武将の名前を横目に見ながら素直にストーリーを楽しみました。

ちなみに今後登場する諏訪御料人の名は由布姫(ゆうひめ)なのですが、以前の大河ドラマ新田次郎版『武田信玄』の湖衣姫(こいひめ)ともに小説上の架空の名前です。
さらに物語の中での三条夫人の扱いの違いにも注目したいですね。


この頃(1535)の他の出来事

・【近江】六角定頼 京極高清・浅井亮政の討伐を企てて平野館などを焼く。
・【備後】毛利元就が備後国高野山城の高野山休意を攻撃し陥れる。
・【尾張】尾張守山に出陣した松平清康(家康の祖父)が家臣の阿部弥七郎に殺される。(三河の混乱と松平氏の苦難の時代が始まる)
・【尾張】織田信長、2歳にして那古野城主となる。

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2007年1月 7日 (日)

謹賀新年

本年もどうぞよろしくお願いします。

今年の大河ドラマもストライクゾーンという事もあって、大変楽しみにしております。
毎週か数週間まとめてになるか分かりませんが、ブログを更新していきたいと思います。

ただ最近多忙につき本家のコンテンツの更新や相互リンクなどの更新が出来ておりません。
当面本家のほうは、更新を程々にしてブログのみの更新とさせていただきます。
ご迷惑をおかけしますが何卒ご理解ください。

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2006年8月30日 (水)

戦国時代に入ってきた食べ物、生まれた食べ物

戦国時代前後に伝えられた食べ物のトリビアを紹介します。
この戦国時代は、宣教師とともに、鉄砲や地球儀、時計など色々なモノが入って来たんだけど、その中で現在も食べられている食品に注目してまとめてみました。

夏休みの自由研究にも使えると思うので、ネタがなくて困ってる人はぜひ活用してね!
書き方は、のちほど!


まず広く知られている有名な3つの食品を紹介・・・

カステラ

安土桃山時代に長崎に伝わる。
由来はスペインの昔の名前(Castilla)の事で、スペイン人がもたらした菓子という事でその名前となった。
京都の菓子屋では健康食品として売られ、当時は盛んに贈答用に使われていた。

天麩羅(てんぷら)

語源はポルトガル語のテンプラードといわれている。安土桃山時代に伝えられた。
徳川家康の死因も当時ハイカラとされた南蛮料理の「鯛のてんぷら」とされている。

南瓜(かぼちゃ)

原産国のカンボジアが訛って、その名前になったと伝えられている。
天文十年(1541)ポルトガルが豊後神宮甫の漂着したとき種子を送ったのが最初。
初めは、毒があると言われ恐れた食べる人がいなかったが徐々に広まっていった。


■マイナーな11ネタ。
ここから先は、戦国時代に伝わったことがあまり知られていないモノ。
これらは学校の先生でも知らないかもよ!

葡萄酒(ぶどうしゅ)

天正年間(1573-1591)に舶来品として、はじめて日本に輸入された。
関ヶ原の合戦の頃でも貴重な珍品だった。

唐墨(からすみ)

ボラの卵巣を塩乾蔵したもの。
天正十六年(1588)秀吉が肥前名護屋にいたとき長崎代官、鍋島信正が献上したのが最初。

雁擬き(ガンモドキ)

安土桃山時代にポルトガルから伝わる。
上方では、非料魚と言うが、これはポルトガル語のFilshsesが訛ったもの。
江戸では、味が雁の肉に似ている事から、雁擬き(ガンモドキ)と言われた。

味噌汁(みそしる)

味噌そのものは古代から食されていたが、味噌汁として飲まれ始めたのは、だいたい応仁の乱の頃。
また、味噌漬けは江戸時代から盛んに賞味された。

饂飩(うどん)

平安時代には、麦粉を団子にし中に餡を入れて煮た物をさしていた。
現在のような「うどん」は室町初期に食べられるようになった。

金平糖(こんぺいとう)

永禄十二年(1569)スペインの宣教師ルイスフロイスが織田信長に謁見した時に献上したのが最初。
江戸時代の貞享の頃(1684~)日本で生産されるようになった。

雑煮(ぞうに)

別名、ほうぞうと言い、おなかを暖め内臓を保護すると言う意味で保臓と書く。
室町末期にはすでに民間に広く行き渡っていた。

半片(はんぺん)

天正三年(1575)長篠の戦いのあった年の津田宋及の手記に残っているのが初見。
有名な話に、慶長年間(1596-1614)に家康の膳夫、半平が作ったと言う説があるのだがこの時代にすでに半片は存在していた。

パン

慶長十四年(1609)ドン・ロドリコが江戸でパンを製造したのが日本での最初とされる。
明治元年、風月堂が薩摩藩兵の兵糧として五千人分を製造したのが国産での始まり。

唐辛子(とうがらし)

南米ブラジルの自生植物。安土桃山時代に伝わる。
江戸時代の七味には、陳皮(ちんぴ)・肉桂・海苔・胡麻・菜種・麻実・山椒(さんしよう)などが混ぜ合わされていた。


紀州蜜柑(きしゅうみかん)

天正二年(1574)伊藤仙右衛門が肥後八代地方(熊本県)から苗木8本を求めて帰り、植えたのが始まりとされている。(紀州蜜柑傳来記)
江戸時代、紀州から船で高騰していたミカンを江戸へ運搬し富を得た豪商の紀伊国屋文左衛門の逸話は有名である。


■他にもあるけどマイナーすぎるので以下は省略・・・

とうもろこし・はたはた(秋田)・カルメラ(浮名糖)・浅草海苔・練羊羹(ねりようかん)



■自由研究でこのネタを使ってみよう!

ぎりぎりの8月30日にブログの記事にしたんだけど、googleでは新学期までには検索できないはず?なので、いつも戦国武将絵巻に来てくれている君達だけに、感謝の意味をこめて先行して、こっそり教えるよ。
自由研究の対象にしたい人は、読んでみてね!

構成を、「動機~掴みネタ~本題~まとめ」の四部構成にする。

1.動機

 なぜこの研究テーマを選んだか? たとえばこんな感じで書いてみよう。

織田信長・豊臣秀吉・徳川家康など、大好きな武将たちの生きたこの時代に興味があったのですが、両親から「戦国時代には、キリスト教や鉄砲、地球儀だけじゃなくて、いろいろなものが日本に入ってきたんだよ」と言う話を聞いて、この時代に、どの様な物が入ってきたのか興味を持ったので、図書館やインターネットで調べてみました。
(小学校高学年向け)


・・・とまぁこんな感じかな?出来るだけ自分でやってみてね!
さらに戦国時代の定義を入れよう。

この自由研究での戦国時代は、室町時代の半ば応仁の乱の少し前から、安土桃山時代、豊臣家の滅亡した江戸時代初期までとする。

2.ツカミの有名ネタ。

カステラや天麩羅・かぼちゃは有名な話で先生方もよく知っています。
ツカミとして?まずこれらを紹介しましょう。

3.本題のトリビアネタをいれる。

葡萄酒(ぶどうしゅ)や墨(からすみ)がこの時代に入ってきた事は、よほど詳しい先生でない限り知らないはず。
11品目の中から、取り上げたい物をいくつか選び、先生や友達を驚かせよう!

4.まとめ

調べてみて驚いた事や、こんなに沢山のモノがこの時代に入って来たのかという事を書いてみよう!
自分の思った事、感じた事を書いて欲しいので、あえて!?ここでは例文はナシ。
.

※きれいに見せるために、各ネタのイラストや写真を貼り付けよう。


とりあえず、これだけあれば1日で出来るよね!!ガンバッテ!

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